現在のベンチャーの背景

現在のベンチャーの背景

さて、前回はベンチャーの破綻について説明しました。

 

破綻は、何もベンチャーだけに言えることではありません。

 

 

社会全体が、長い長い不況の最中にあります。
大企業も、小企業も、悪戦苦闘を強いられているのです。

 

 

そういう、「百年に一度の不況」とまで評される昨今。
この大不況の中で国民の生活もすごく変わりました。

 

 

夫婦はその経済事情から、自力しか子供を育てられず、共働きの家庭が増えました。
但し、でも貯金が目立ちず、そういう家庭を尻目に、政府はしゃかりきに増税へ伺う姿勢を見せています。

 

 

貧困にあえぐ消費者から血税をしぼろうと、政府が増税を声高に呼ぶ中、国民はさらに財布の紐をごつくし、贅沢を控えている傾向にあります。

 

 

「財布の紐を締める」というのは、大層冒険の対義語だといえます。

 

「冒険」ができない空気の中、ベンチャーもまた、本来の冒険的な会社ができなくなってきています。

 

 

ベンチャー特有のもの。
ベンチャーしかできない事業が、からきしなされていない……というより、「しにくい」シチュエーションにあるのです。

 

 

ベンチャーといえば、「斬新」で「成長力のある」、「冒険的な」会社を展開できる企業を指しますが、近年それではその萎縮したムードの中で、ベンチャー本来の「挑戦して出向く姿勢」が失われているように思われます。

 

 

確かに、動かなければ安全ということはあります。

 

成功する可能性がない代わりに、失敗する可能性もありません。

 

 

但し、動かなければ何も変わりません。
成功は挑戦の先にしかないともいえます。

 

 

現代のベンチャーの背景には、そこそこ過酷ともいえる世情の流れがありますが、そういった時代だからこそ「冒険心を発揮できるフレッシュ企業」が求められているのです。

 

 

ベンチャーだからこそ、困難こともありますが、ベンチャーだからこそ、できることがあります。

 

現在のベンチャーの背景には、いまひとつ嬉しい風向きはありませんが、そんな中だからこそ、一層前向きな力で、挑戦を続けてほしいと思います。

 

 

 

ナスダックとベンチャーについて

現在のベンチャーの背景

 

ナスダックは、1971年に全米証券業協会(NASD)によって開設された、マーケットです。

 

このナスダックがどういったマーケットかは、みなさんご存知でしょうか。

 

 

ナスダックは、ベンチャー向けの世界最大のマーケットです。

 

 

上場を果たした企業には「インテル」、「アップル」、「グーグル」などの世界的大手が名を連ねてあり、日本の企業だと、「任天堂」や「ワコール」などもこのナスダックで上場を果たしてます。

 

 

ベンチャー向けのこのナスダックは、2000年にナスダックジャパンとして日本も開設されていますが、2002年には業績不振などの問題で、日本から撤退しました。

 

 

このナスダックジャパンには、ソフトバンクの孫正義氏も開設に携わっていましたし、ベンチャーの新時代の幕が開けるのではないかともいわれていましたが、ベンチャーの期待も空しく、その後の運営は大阪市場のヘラクレスに引き継がれました。

 

 

今ではヘラクレスがベンチャー向けの市場を展開していますが、グローバル化の一手といわれていただけに、非常に残念な出来事だといえます。

 

 

もしも、経営者が二度と上手く資金繰りをしていたら、今の日本のベンチャーも大きく変わっていたかもしれません。

 

 

ナスダックの撤退の裏には日本の経営に対するアメリカの疑惑があるのですが、まずは、その疑惑を抱きつくまでに、日本の経営にどういったことがあったのでしょうか?

 

明日の日記でその理由についてを解説いたします。

 

 

 

ナスダックジャパンの撤退の裏とベンチャーについて

現在のベンチャーの背景

 

前回は、世界最大のベンチャー向け市場、ナスダックについてお話しましたね。

 

 

今回は、その日本版であった「ナスダックジャパン」が、どうして撤退に追い込まれたかということをお話していきます。

 

 

意外と、ナスダックジャパンの失敗の最もたるところは「資金の使い方」になあります。

 

単純に言えば、資金繰りが賢くいかなかった。
思うように収益が得られなかった。
ということなんですが、その内容にはそこそこずさんなところがあります。

 

 

このナスダックジャパンは、ベンチャーが上場するまでの期間が通常二年以上陥ることを見て、「とすれば尚更短く上場できるように決めるじゃないか」と乗り出します。

 

 

この日本版の開設の話を進め始めたのは1999年。
ソフトバンクの孫正義氏は積極的に開設に関与していました。

 

ただし、開設当時の資本はあっという間に失われてしまいます。

 

幹部の年棒は幅広いのに、その分のお役目である「上場する企業を繰り返す」ことは中々できませんでした。

 

 

二年の経営の中、上場できた企業はわずか98社。
これは、当初の目標値を著しく下回る数字でした。

 

 

どんどんナスダックジャパンは、内部のわだかまりなどを抱えながら業績悪化の一途をたどり、ナスダックから「これ以上は経営させませんよ」というお達しが出てしまいました。

 

 

これらが、ナスダックジャパンの撤退の事情です。
日本の企業と異なり、引き際が手早く、事業は直ちにヘラクレスに引き継がれましたが、仮にこれ以降も経営を続けていたら、ナスダックはさらなる損失を招いていたのかもしれません。